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ブノワ・デュトゥールトゥル『幼女と煙草』 [本‐小説]

シンプルだが目を惹く装丁、挑発的にも感じる題名(原題:La petite fille et la cigarette)、ブラックユーモアとのことだったが、とんでもない。これはやたらと恐ろしい寓話でした。

幼女と煙草

幼女と煙草

  • 作者: ブノワ・デュトゥールトゥル
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2009/10/09
  • メディア: 単行本

死刑を目前に控えた囚人は、最後の一服を要求した。しかし、刑務所の所長は完全禁煙の規則を盾にそれを拒否。事態は、煙草会社、法曹界、政治家を巻き込んで、奇妙な混乱へと陥っていく......。はたして、囚人は最後の一服を許されるのか?

一方、禁煙の市庁舎のトイレで煙草をくゆらせていた職員は、幼い女の子に現場を発見される。威嚇して追い払ったものの、職員には告発の手が伸びる。

やがて、囚人と職員の人生は、皮肉な形で交差する――。

物語の舞台は架空の共和国、その中のそこそこに大きな都市だ。喫煙に関する規制と子供の人権保護がかなり(ある種ヒステリックなほどに)浸透している、という社会背景。そこに登場するまったく接点のない二人の主人公が辿る対照的な運命を、皮肉や風刺たっぷりに描く。

一人は警察官殺害の罪で死刑宣告を受けた囚人。貧困層の有色人種である彼は法廷において自身の犯行こそ否認するが、被害者である警察官は日頃から自分たちを迫害していた差別主義者のくそったれであり、殺されて当然だと言って憚らない。そんな男が死刑執行当日に法に定められた権利として最後の一服を要求したことが大騒動に発展する。刑務所長はその要求を突っぱねる。なにしろ所内は“喫煙(受動喫煙含む)による健康被害を防ぐため”職員、受刑者とも完全禁煙の規則があるからだ。もうこの時点ですごい皮肉だ。その後、色々あって彼は一躍、時代の寵児になっていく。

さてもう一人は市職員だ。出世も望まず平穏な暮らしに満足する小市民。だが無類の子供嫌い。というのも彼の上司である現職市長が掲げた政策により市庁舎の中に託児所が設けられ(それも庁舎の半分を占める)、廊下には子供たちが走り回り、時にはお遊戯会場にすらなる日常なのだ。何よりも子供が優先され職員や他の来庁者は後回し。そんなある日、彼は庁舎内(無論、禁煙だ)のトイレで隠れ煙草の現場を少女に目撃される。日頃の鬱憤も手伝って彼は少女を怒鳴りつけ追い払う。もう予想が付くと思うが、少女が周囲の大人にこの顛末を話してしまったから大変、彼はトイレに少女を連れ込みいかがわしい行為に及んだ小児性愛者として告訴されてしまうのだった。...いやマジでしゃれにならんわ。

この後、さまざまな思惑が絡み合い、しまいにはテロリストなんかも登場して物語はとんでもない方向に展開していく(テロリストがどう絡んでくるかはぜひ読んで欲しい)。もう本当にしゃれになってない。ここで描かれているのは人道的な見地から行われるファッショでもある。善意に裏打ちされているだけに性質が悪い。グロテスクなほどに誇張されたカリカチュア。ある意味ホラーだ。喫煙者と非喫煙者(嫌煙者と言ってもいい)、子供好きや子を持つ親か否か、あるいは男性か女性かでも受け止め方が変わると思う。その点でも大変に優れている。30代から40代の独身男性、特に喫煙者は冷静に読み進められないかもしれない。

読後感はすこぶる苦く重いが、読んでおいて損はないと思う。おすすめ。

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相沢沙呼『午前零時のサンドリヨン』 [本‐小説]

ここのところ、いわゆる「青春ミステリ」と相性が悪いので、若干の不安を抱きながら読んでみた。結果はやはり今回も合わなかったということに。残念だ。

午前零時のサンドリヨン

午前零時のサンドリヨン

  • 作者: 相沢 沙呼
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2009/10/10
  • メディア: 単行本

ポチこと須川くんが、高校入学後に一目惚れしたクラスメイト。不思議な雰囲気を持つ女の子・酉乃初は、実は凄腕のマジシャンだった。放課後にレストラン・バー『サンドリヨン』でマジックを披露する彼女は、須川くんたちが学校で巻き込まれた不思議な事件を、抜群のマジックテクニックを駆使して鮮やかに解決する。それなのに、なぜか人間関係には臆病で、心を閉ざしがちな初。
はたして、須川くんの恋の行方は――。

第十九回鮎川哲也賞受賞作とのこと。四編からなる連作短編のスタイルであることを差し引いても、デビュー作とは思えない読みやすさだった。おそらく相当に上手い(このことは各審査員とも選評で“老練”という言葉で指摘していた)。ミステリではあるものの、扱われているのはいわゆる日常の謎というやつで、血なまぐさい殺人事件などは一切登場しない。各エピソードに登場した人物や出来事が最終話において関連してくる展開は見事で、構成がしっかりしている故だと思う。だが先にも書いたが、残念なことに自分とはすこぶる相性が悪い小説だったのも確かで。結末まで一気に、とはならず、途中で何度も本を閉じ休憩を挟んでしまった。理由としてはこの本の売りでもある“ボーイ・ミーツ・ガール”の要素にある。

主人公に相当するのは二人、ホームズ役であるマジシャンの少女と、ワトソン(というか狂言回し)役でありホームズに絶賛片想い中の少年だ。この少年のキャラクターがね、自分には心底ウザかった。イラっとさせられる場面ばかりでとても彼の片想いを応援する気になれず、これがこの小説の魅力をスポイルしていたとすら思えるほどだ。ここまで合わないと感じたのも久々だったので自分でも驚いている。

おっさんの愚痴はさておき。正直かなり青臭い小説だなとは思った。主人公たちは高校一年生で、だからこその青春ミステリではあるし、もっと言うならこれは正しくジュブナイルでもあるんだけれど。若い人たちが読めば印象も評価もかなり違ってくるんじゃないか。それだけに気になる点は刊行スタイルだ。この本はハードカバーの単行本として出版されているが、せめて新書か文庫として出せば若い人たちも気軽に手を出しやすいのになーと。出版社側の思惑や事情もあるんだろうが。

小説としての出来は良いのは間違いないので、この本がぴったりハマる人もきっといる...と思う(なんだか悪口を言ったあとで無理矢理取り繕っているみたいだが)。それにしても自分がもう青春ミステリを受け付けない歳になったのかな、と少し寂しくもあったり。

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初野晴『退出ゲーム』 [本‐小説]

評判が良いと聞いていたがやっと読めた。勝手に期待値を上げすぎたせいか大満足とはいかなかったが。

退出ゲーム

退出ゲーム

  • 作者: 初野 晴
  • 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
  • 発売日: 2008/10/30
  • メディア: 単行本

穂村チカ、高校一年生、廃部寸前の弱小吹奏楽部のフルート奏者。上条ハルタ、チカの幼なじみで同じく吹奏楽部のホルン奏者、完璧な外見と明晰な頭脳の持ち主。音楽教師・草壁信二郎先生の指導のもと、廃部の危機を回避すべく日々練習に励むチカとハルタだったが、変わり者の先輩や同級生のせいで、校内の難事件に次々と遭遇するはめに――。

長編ではなくシリーズものの短編集で、文芸誌『野性時代』に掲載された表題作を含む三篇と書下ろしの一篇という内訳。主人公たちの所属する吹奏楽部に関わる人物が各話(シリーズ第一話を除く)にひとり登場し、その人物が抱える問題や謎を解決する、という構成だ。上に引用したあらすじが書かれた帯には「高校生ならではの謎と解決が冴える、爽やかな青春ミステリの決定版」という惹句も書かれている。

だが、「高校生ならではの謎と解決」という部分には少々首をかしげてしまう。それが適用されるのは第一話だけだ。それ以外の三篇はどちらかと言えば校外の出来事を扱っており、扱う謎もその解決とともに現れる真相も「高校生ならでは」とは言い難いからだ(コナンや金田一少年のように血なまぐさい殺人事件を扱ってるわけじゃない、念のため)。もう少し身近な題材を取り上げても良かったんじゃないかなと。

ミステリにおける探偵役の常として、どうしてそんなことまで知ってるんだよ、と野暮は承知でツッコミたくなるほどの知識量と洞察力を持つことが多い。この小説でもそうだ。探偵役の少年は高校一年生とは思えないほど聡く、人生の機微に長け老成すらしている(バランスを取るためか狂言回し役の少女が思考より行動、言ってしまえば「アホな子」気味に描かれているんだが)。それがトリック等の解決に直結しているため、ミステリとしての出来映えには感心しつつも微妙にもんにょりさせられた。俗に言うところの青春ミステリって難しいよなーと。そもそもミステリと青春小説って両立しないんじゃないかとすら考えてしまった。

楽しく読めたことは間違いないが、このシリーズを読み続けたい、とはならないんだ。既に刊行されている続編『初恋ソムリエ』もおそらく手に取らないと思う。なんだろう、相性なのかな。

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黒葉雅人『宇宙細胞』 [本‐小説]

先日、図書館で見つけたので借りてきた。何やらとんでもない小説だよ、と聞いてはいたんだが、いやあ、本当でした。もうどう言ったらいいものやら、奇想SFの極北という謳い文句に違わない大ぼら話だった。

宇宙細胞

宇宙細胞

  • 作者: 黒葉 雅人
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2008/09/17
  • メディア: 単行本

最初は見るもおぞましい形に変貌した犬の発見から始まった。当初は南極にだけ存在していた、猛烈な食性を持つ粘体細胞の暴走。極地研究所雪氷部員として南極に派遣されていた伊吹舞華は、ジャーナリスト目黒丈二とともに、絶望的なサバイバルに身を投じるが……。

第9回日本SF新人賞受賞と書かれているものの、上に引用したあらすじを見るに全然SFっぽくない。実際に読み始めるとこれがまた、結構グロいぐちゃぐちゃ系のホラー風味なので驚いた。単純すぎる連想ではあるが『遊星からの物体X』+『盗まれた街』系の侵略SFなのかな...と思ってたら『ゾンビ』的な終末ものに進み始める。さらには『寄生獣』の要素も入ってたりする。一体全体なんじゃこりゃと。

しかも独特の癖のある文体で書かれたクリーチャーの描写がまた、悪趣味一歩手前くらいの執拗さでなあ。苦手な人なら途中で本を閉じかねない。ところがそんな最初のハードルを越えてしまえば先が気になってページを繰る手が止まらない。リーダビリティはかなり高いと思う。あくまで相性が合えば、ということなので万人にオススメはしづらいけれど。

ここから少しネタバレ気味かも、念のため。そんなこんなで読み進め、後半に差し掛かると「は?」と思うようなとんでもない方向に物語は展開し飛躍し始める。しかもそのスケールが半端ない。正にミクロからマクロ、何しろ全宇宙規模まで行ってしまうのだ。いやあ、こりゃたまげた。一個の細胞レベルからいきなり宇宙ですよ、読んでいて頭がクラクラしてきた。この手の話ならSFの先達たちがとっくに書いてるよ、という批判もあるようだ。でもなあ、完全にオリジナルなものなんて出てくる余地は残ってないんだから、そんな批判はあまり意味を成さない気もする。自分もしばしばやってしまうので偉そうなことは言えないんだけど。

先に書いたように少々人を選ぶところはあるが、特大のスケールで描かれる大ぼらを、想像力をフルに発揮して読むと良いと思う。いや十分楽しませてもらいました。

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林亮介『迷宮街クロニクル1 生還まで何マイル?』 [本‐小説]

評判を聞き興味もあったので購入。なかなか楽しめる本だった。

迷宮街クロニクル1 生還まで何マイル? (GA文庫)

迷宮街クロニクル1 生還まで何マイル? (GA文庫)

  • 作者: 林 亮介
  • 出版社/メーカー: ソフトバンククリエイティブ
  • 発売日: 2008/11/15
  • メディア: 文庫

一昨年、突然京都を襲った大地震。それをきっかけに口を開いた大迷宮からは怪物たちがあふれ出し、当初自衛隊に掃討させようとした政府はそれが有効でないと悟るや、一般人の志願者に迷宮の探索を委ねた。

怪物を倒し、その身体の一部を換金することで莫大な利益を得る現代のゴールドラッシュ。そのリスクは死亡率14%といった数字になって、志願者のもとに返ってくる。

京都・迷宮街。今日もここで様々なドラマが幕を開ける。命を預けるメンバーは、たとえば恐ろしく綺麗な双子の少女。人は様々な思いを持ち、今日も迷宮に降りる――。

元は『和風Wizardry純情派』というタイトルでネット上に連載されたWebノベルだったらしい(小説化に先んじて『迷宮街輪舞曲』としてコミカライズもされてるようだ)。いまでも書庫として現存しており、さすがに本編は読めないが外伝的なエピソードは残されている。

元になっているゲーム『ウィザードリィ』に準じてか、一応の主人公はいるものの迷宮街に集う者たちを描いた群像劇というニュアンスが強い。主人公パーティ以外にも多くの登場人物がおり、本来なら脇役である一人ひとりを丁寧に追うことで物語世界の輪郭を際立たせるスタイルだ。危険なダンジョン探索は常に死と隣り合わせで、登場したかと思えばその章で命を落とし退場していく者もいる。少々人物が多すぎるきらいもあり、そのため視点も定まらず散漫になりがちな点は否めない。

三人称視点で描かれるパートと、主人公がWeb上に残す日記パートがほぼ交互に出てくる構成は、決して読みづらい訳ではないんだが、時々妙につまづく部分もある。日記パートは素人の書く文章としての狙いもあるんだろうが、三人称パートでもところどころで変な書き方になってるんだよな。Web版からのリライトにあたって当然プロの編集者が校正しているはずだが、文章の瑕疵もあえて残す方針なのかな。これがこの作者の持ち味なのか、単に下手くそなだけか、あるいは自分との相性の問題なのか。第2巻も読み始めているので見極めはそれからにしよう。

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森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』 [本‐小説]

今更ながらの読了。単行本が出た際に気になりつつもスルーしたのは我ながらアホだった。楽しい本でした。

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

  • 作者: 森見 登美彦
  • 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
  • 発売日: 2008/12/25
  • メディア: 文庫

こんな公式の特集ページが作られているくらいなので不要かもしれないが一応あらすじ。

「黒髪の乙女」にひそかに想いを寄せる「先輩」は、夜の先斗町に、下鴨神社の古本市に、大学の学園祭に、彼女の姿を追い求めた。けれど先輩の想いに気づかない彼女は、頻発する“偶然の出逢い”にも「奇遇ですねえ!」と言うばかり。そんな2人を待ち受けるのは、個性溢れる曲者たちと珍事件の数々だった。

長編かと思っていたが連作短編だった。四季に合わせた四編からなるちょっと変わった恋愛ファンタジー。山本周五郎賞受賞(第20回)、本屋大賞(2007年)第2位、受賞は逃したが第137回直木賞候補にもなったそうな。へえ、すげえな。だが自分が手に取る決め手になったのはSFマガジン編集部編『SFが読みたい!2008年版』でベストSF2007国内篇で第12位に選出されていたからだ。なぜにSF?、と興味が湧いた次第(SFの定義ってなんなの?とは思うが)。それもあって読む前にちょっと構えてしまったのも事実。

そんな懸念は読み始めれば無用だったとすぐに分かった。独特の文体というか言葉使いは少々人を選ぶかなと思わなくもないが。持って回った饒舌さはいわゆるライトノベルの特徴としてしばしば挙げられるし、自分はそれが正直なところ苦手だ。だが不思議なことにこの本に関しては逆に楽しんでしまった。実際に声を出して笑った箇所も結構あったし。じゃあその違いは何かと問われても上手く説明出来ないが(ライトノベルに対する個人的な偏見が多分に入っているかもしれない、この点は自省しなければ)。

ヒロインである「黒髪の乙女」のキュートさはもちろんだが、やはり自分は男として「先輩」を応援してしまう。特に“ロマンチック・エンジン”を暴走させる姿には共感せざるを得ない。四編のうち好きなエピソードは学園祭を舞台にドタバタを繰り広げる第三章かな。「先輩」も格好良い活躍を見せるし。ゲリラ演劇の「偏屈王」は自分も観たくなったよ。はちゃめちゃなラブコメであり純な恋愛小説でもあり、最後はちゃんとハッピーエンドで締めくくられるので満足。文句がある奴には漏れなく“おともだちパンチ”を。

ここから蛇足。ラブコメとかあるいは萌えとか、別に若い人の独壇場ではないはずだ。少年には少年の、青年には青年の萌えがあるように、壮年や老年にだって萌えはあっていい。いい歳ぶっこいたおっさんが堂々と萌え転がれるラブコメがあってもいいと思うんだ。『夜は短し歩けよ乙女』の主人公たちは大学生だ。その意味では若者向けの小説なのかもしれないが、それでもこれを読んでいる間、自分はかなり楽しんでいた。同時に「おっさん向けの萌え」を待望する気持ちが強まった。おそらくそれはライトノベルだの一般文芸だのという垣根を越えたところから生まれてくるのかもしれないな。

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飛鳥部勝則『堕天使拷問刑』 [本‐小説]

興味を持ちながらもなかなか手を出せなかった本、やっと読了。ハードカバー、二段組み、400頁超とかなりの分量だった。ミステリであり、オカルト風味のホラーであり、ボーイ・ミーツ・ガールな青春小説でもあるという。自分は割と楽しんだが、好き嫌いが分かれる本かもしれない。

堕天使拷問刑 (ハヤカワ・ミステリワールド)

堕天使拷問刑 (ハヤカワ・ミステリワールド)

  • 作者: 飛鳥部 勝則
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2008/01/25
  • メディア: 単行本

両親を事故で亡くし、母方の実家に引き取られた中学1年生の如月タクマ。が、そこではかつて魔術崇拝者の祖父が密室の蔵で怪死した事件が起きていた。さらに数年前、祖父と町長の座をめぐり争っていた一族の女三人を襲った斬首事件。二つの異常な死は、祖父が召喚した悪魔の仕業だと囁かれていた。そんな呪われた町で、タクマは「月へ行きたい」と呟く少女、江留美麗に惹かれた。残虐な斬首事件が再び起こるとも知らず……

舞台となる都会から遠く離れた山間の小さな町。時に良識や常識、法律よりも古い因習が優先される閉鎖的な共同体。ごく一部を除いて過剰なまでに主人公を敵視し排斥しようとする住民たち。主人公のアウェイっぷりがハンパないことになってます。なにしろ敵視される理由が「お前はツキモノイリだから」だものな。ちなみにツキモノイリとは、なんというか、悪魔憑きとかそんな感じです。言い掛かりなんですが。

著者は相当なホラー小説好きらしく、本の中程で登場人物の口を借りて「おすすめモダンホラー」なんてことを一席ぶつくらいだ。しかも一章まるまる使って。読んだことのないタイトルがたくさんあったので個人的には参考になったけど。その意味でも多くのホラー作品(小説だったり映画だったり)から引用されてる要素もかなりあるんじゃないか。残念ながら自分には判別できなかったが。

引用といえば、あらすじにも登場する少女、彼女のイメージはどう考えても某アニメのキャラクターそっくりだ。安易な連想かもしれないが「月へ行きたい」なんて言われたらな、Fly Me to the Moon てことだよなきっと。それ以外にも小説、映画、漫画やアニメ等々、さまざまなエッセンスをぶち込んだごった煮スープみたいな作品で、そのままこの作家の持ち味なんだろう。それ故に一度、不本意な事態を招いてしまったのか。

ミステリとして読むと怒り出す人の方が多そうだが、まあそこは謎があって人が死ねばとりあえずミステリ、くらいの鷹揚な気持ちで(語弊は承知ですが)。ホラーとして読むと...どうなんだろ、熱心な読み手じゃない自分には判断が難しいが、ぶっとんだ奇妙な人々と不穏な空気は十分に堪能できた。ラストは意外にもほろ苦い締めくくりになってます。

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恒川光太郎『草祭』 [本‐小説]

この作者の著書は初めてだった。幻想小説という分類でいいんだろうか。

草祭

草祭

  • 作者: 恒川 光太郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2008/11
  • メディア: 単行本

ひっそりとした路地の奥、見知らぬ用水路をたどった先。どこかで異界への扉が開く町「美奥」。その場所は心を凍らせる悲しみも、身を焦がす怒りさえも、静かにゆっくりと溶かしてゆく。消えたクラスメイトを探す雄也、過去から逃げ続けてきた加奈江……人びとの記憶に刻まれた不思議な死と再生の物語を注目の気鋭が綴る。

美奥(びおく)という架空の町を舞台にした連作短編が五編収録されている。一部共通する登場人物もいるが、それぞれのお話は特に関連していない。不可思議な出来事がごく当たり前のように起こる町。路地の角を曲がると唐突に眼前に現れる異界。都会のど真ん中より地方のごく小さい田舎町でなら、ここで描かれる奇譚をより身近なものとして感じられるかな、と思った。ああ、でもな、時代がもう少し前かな。

内容とはあまり関係ないけれど、本の帯や上にも引用した新潮社のサイト上のあらすじでも、ある女性の名前が「加奈江」と書かれているんだが、本文中では「香奈枝」だ。まあ読みは同じだし表記が違うだけだが、自分が読み落とした登場人物がいるのか、いや、そこまで耄碌してないはずだ、まさか読み手によってこの女性の名前が異なるなんてことが...などと妄想したくなるような不思議なお話だった。楽しかった。作者のデビュー作にして直木賞候補にもなったという『夜市』もいずれ読んでみよう。

夜市 (角川ホラー文庫)

夜市 (角川ホラー文庫)

  • 作者: 恒川 光太郎
  • 出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング
  • 発売日: 2008/05/24
  • メディア: 文庫
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西谷史『黄金の剣は夢を見る』 [本‐小説]

積読を消化しようと山の中から発掘、いつ買ったんだっけこれ。

黄金の剣は夢を見る (ルルル文庫)

黄金の剣は夢を見る (ルルル文庫)

  • 作者: 西谷 史
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2007/05
  • メディア: 文庫

カバー裏のあらすじから、ああ学園ミステリーというやつなのかと興味を持ったんだった。

通称キューちゃんこと弓里夏美(ゆみさとなつみ)は三崎高校の新一年生。ひょんなことから親友のアリスとともに歴史ミステリー研究部に入った彼女は、三崎市に伝わる歌の謎を調べることに。その一方、夏美は同じクラスでクラブも同じの相馬くんが気になっていた。どこか他の子と雰囲気の違う彼に惹かれていく夏美だったが、ある出来事をきっかけに彼は人が変わったようになって...。恋と謎が交錯するミステリー。

ルルル文庫って初めて知ったんだが、ガガガ文庫の姉妹レーベルで、どちらかといえば女の子向けということらしい。買う前に確認しときゃよかったな。というのもですね、女の子向けかどうかはともかく、この本の対象年齢はぎりぎり中学生までだと思えるからだ。少なくともおっさんが読む本じゃない。

主人公をはじめ、キャラクターたちは皆生き生きと描写されていて好感が持てる。主人公たちは高校生だが、とても高校生とは思えないほど屈託がない。あまりにも真っ直ぐすぎて気恥ずかしくなるくらい。恋愛要素も出てくるんだが、なんというか「グループ交際」なんて言葉がぴったりくるような純朴さでなあ。それこそ一昔前どころか二昔前のジュブナイルを読んでる気分で、おっさんとしてはちょっと背中がむずむずしちゃいましたよ。そのくせクライマックスで明らかになる某キャラクターの抱えた事情がえらく生々しくて、そのギャップに少々戸惑ってしまう。クライマックスといえばもう一点、唐突に伝奇SFになっちゃうのでびっくりさせられる。

ミステリーの要素もそれほど多くない。宝探しに関する謎解きがちょっと出てくる程度だが、それにしたって登場人物たちがさっさと解明してくれるので読者としては頭を捻りようがない。殺人事件とかも起きないし。いたって健全な小説です。

否定的なことばかり書いてしまった気もするが、これは自分のようなおっさんが読んだからで、本来の対象読者層である女の子たちなら楽しく読めると思う。実際、シリーズとして続編が2冊刊行されているので人気もあるんだろうし。本というのは読むべき人に読まれないと不幸だよね、ということで。

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谷川流『学校を出よう!』第1巻 [本‐小説]

TVアニメの放送も終わったことだし『涼宮ハルヒ』シリーズの原作に手を出すか、と考えていたら別シリーズの方を先に読んでしまった。

学校を出よう!―Escape from The School (電撃文庫)

学校を出よう!―Escape from The School (電撃文庫)

  • 作者: 谷川 流
  • 出版社/メーカー: メディアワークス
  • 発売日: 2003/06
  • メディア: 文庫

超能力者ばかりが押し込まれた山奥の学校を舞台にしたドタバタコメディ、であってるはず。この第1巻では事故死の翌日に幽霊となった妹に六年前から付きまとわれるようになった兄貴が主人公。これ単体で完結しているようにも読めなくはない。結構派手な超能力バトルがあったり、クライマックスの展開はなかなか引き込まれるものがあった。イメージも浮かびやすいし楽しめたと思う...んだけど、じゃあ自分の好みに合うかと聞かれると微妙だ。読み通すのに少々苦労した。苦労した理由は、なんというか、やたらと饒舌な部分だった。登場人物もまあよく喋るんだが、文体そのものが輪をかけて回りくどい。もっと少ないページ数、半分でというのは大袈裟でも三分の二程度の分量で収まったんじゃないかと思えるほどだ。谷川流作品を読むのは初めてだったが本来はこの長広舌こそを楽しむものなんだろう。自分は途中からげんなりしてしまったが。

他には主人公とその妹たち(妹は双子なのだ)の関係がどうにも自分は苦手だった。幽霊になった妹の方が特にね。彼らをもう少し好きになれたらクライマックスの受け止め方も違っていたかもしれない(他のキャラたちも大概なんだけどね)。実はカバーや本文の挿絵を担当したイラストレーターさんの絵柄が自分の好みではなく、それが各キャラへの苦手意識に繋がったことも否定できない。自分のイメージに差し替えながら読み進めるんだが、忘れた頃に挿絵が目に入ってきて集中が一瞬途切れてしまうのは辛かった。もちろんこれは小説の出来には全く関係ない話だ。しかし高畑京一郎の『クリス・クロス』を読んだ際にも思ったが視覚情報のウエイトは大きいなほんと。

じゃあ続きは読まないのか、といえば実は第2巻も入手済みだったりする。このシリーズに手を出した本来の目的は第2巻を読みたかったからなのだ(評判が良いらしいので)。シリーズ物なのでてっきりお話も続いてるんだろうとまとめて購入したんだが、もしかすると単独で読んでも問題なかったのかもしれない。

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