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ブノワ・デュトゥールトゥル『幼女と煙草』 [本‐小説]

シンプルだが目を惹く装丁、挑発的にも感じる題名(原題:La petite fille et la cigarette)、ブラックユーモアとのことだったが、とんでもない。これはやたらと恐ろしい寓話でした。

幼女と煙草

幼女と煙草

  • 作者: ブノワ・デュトゥールトゥル
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2009/10/09
  • メディア: 単行本

死刑を目前に控えた囚人は、最後の一服を要求した。しかし、刑務所の所長は完全禁煙の規則を盾にそれを拒否。事態は、煙草会社、法曹界、政治家を巻き込んで、奇妙な混乱へと陥っていく......。はたして、囚人は最後の一服を許されるのか?

一方、禁煙の市庁舎のトイレで煙草をくゆらせていた職員は、幼い女の子に現場を発見される。威嚇して追い払ったものの、職員には告発の手が伸びる。

やがて、囚人と職員の人生は、皮肉な形で交差する――。

物語の舞台は架空の共和国、その中のそこそこに大きな都市だ。喫煙に関する規制と子供の人権保護がかなり(ある種ヒステリックなほどに)浸透している、という社会背景。そこに登場するまったく接点のない二人の主人公が辿る対照的な運命を、皮肉や風刺たっぷりに描く。

一人は警察官殺害の罪で死刑宣告を受けた囚人。貧困層の有色人種である彼は法廷において自身の犯行こそ否認するが、被害者である警察官は日頃から自分たちを迫害していた差別主義者のくそったれであり、殺されて当然だと言って憚らない。そんな男が死刑執行当日に法に定められた権利として最後の一服を要求したことが大騒動に発展する。刑務所長はその要求を突っぱねる。なにしろ所内は“喫煙(受動喫煙含む)による健康被害を防ぐため”職員、受刑者とも完全禁煙の規則があるからだ。もうこの時点ですごい皮肉だ。その後、色々あって彼は一躍、時代の寵児になっていく。

さてもう一人は市職員だ。出世も望まず平穏な暮らしに満足する小市民。だが無類の子供嫌い。というのも彼の上司である現職市長が掲げた政策により市庁舎の中に託児所が設けられ(それも庁舎の半分を占める)、廊下には子供たちが走り回り、時にはお遊戯会場にすらなる日常なのだ。何よりも子供が優先され職員や他の来庁者は後回し。そんなある日、彼は庁舎内(無論、禁煙だ)のトイレで隠れ煙草の現場を少女に目撃される。日頃の鬱憤も手伝って彼は少女を怒鳴りつけ追い払う。もう予想が付くと思うが、少女が周囲の大人にこの顛末を話してしまったから大変、彼はトイレに少女を連れ込みいかがわしい行為に及んだ小児性愛者として告訴されてしまうのだった。...いやマジでしゃれにならんわ。

この後、さまざまな思惑が絡み合い、しまいにはテロリストなんかも登場して物語はとんでもない方向に展開していく(テロリストがどう絡んでくるかはぜひ読んで欲しい)。もう本当にしゃれになってない。ここで描かれているのは人道的な見地から行われるファッショでもある。善意に裏打ちされているだけに性質が悪い。グロテスクなほどに誇張されたカリカチュア。ある意味ホラーだ。喫煙者と非喫煙者(嫌煙者と言ってもいい)、子供好きや子を持つ親か否か、あるいは男性か女性かでも受け止め方が変わると思う。その点でも大変に優れている。30代から40代の独身男性、特に喫煙者は冷静に読み進められないかもしれない。

読後感はすこぶる苦く重いが、読んでおいて損はないと思う。おすすめ。

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月夜

おもしろそうです!
by 月夜 (2010-01-11 18:59) 

HINAKA

HINAKAです。

chokusin様

えっと、So-netブログは「何でも、ある日突然に!」を信条としているらしく、何かを始めるの止めるのも、本当に唐突で途中経過が一切分かりません。

それはさておき、この小説は非常に興味深い物がありますが、個人的に崇拝している(尊敬していた星新一氏が、敬愛していた作家と言う事で、崇拝です)フレドリック・ブラウンという、SFのいわゆるショート・ショートの生みの親ですが、この作家が書かれた文面は、全ては手紙もしくは事務処理通知の書式という、無実の人物が死刑にされるというお話があります。
高度に能率的な機械化され、コンピューター化されて便利になった社会を舞台に、〈タバコの、ポイ捨てか何かの軽犯罪(この当時はまだ嫌煙権はこれほど広まっていませんでした)〉に問われ、機械的な簡易裁判で有罪になった人物が、機械的な手違いから重犯罪者と入れ替わり、あらゆる機械的手続きも虚しく、冷酷な官吏の事務処理も手伝って、死刑にされるというお話があります。

弁護士の慌てふためいた、間違いを正す手紙や、冷酷な官吏の温情に満ちた、自分達の手ではどうにもならないと言う手紙。
最後は、議員を経て大統領にまで直訴状が届きますが、全て機械的に能率的に処理された為、軽犯罪を起こした囚人は最後に、家族と友人に手紙を書く事が許されますが、確か長文はダメということで「~最後に、決してタバコをポイ捨てしてはいけない。タバコは、灰皿へキチンと始末するように」というような文面で、お話自体も終わっています。
本来がショート・ショートの元祖ですから、作品全体は長くとも、1つの文面は極めて短く簡潔に要領よくまとめられていて、それがまたブッラク・ユーモアな作品でした。

今回御紹介の作品、恐らくは何の関係も無いと思われますが、刻を経て時代は変わっても、人の生み出す狂気と凶器は同じだと、勝手に思った次第です。
なおフレドリック・ブラウンは、唯一と言っていい長編、「空(天)の光はすべて星」という、SFの名著も残しています。

それでは、また。


by HINAKA (2010-01-13 03:47) 

chokusin

>月夜さん
機会があればぜひ、面白い本ですよ。全然笑えないんですけどね。

>HINAKAさん
かなり毒の強い風刺ものでした。現代的な歪みを取り上げてもいましたし。
広義にはSFに分類してもいいのかもしれません。
by chokusin (2010-01-13 23:44) 

chokusin

月夜さん、どんべえさん、はっこうさん、アレクリパパさん、kakasisannpoさん、takaoさん、
cherryhさん、xml_xslさん、「直chan」さん、takemoviesさん、相楽さん、HINAKAさん、
アロンダイトさん、nice!をありがとうございます。
まとめてのお礼ですみません。
by chokusin (2010-01-13 23:47) 

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