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TVアニメ感想(『蟲師』第6話と『かんなぎ』第12話) [アニメ感想‐TV]

録画分の消化。

蟲師 [公式サイト]

第6話「露を吸う群」を視聴、今回もまた切ない物語だった。今回の蟲は昼顔に似た花に寄生し、その花を媒介として動物にも寄生する。その寿命はたった一日と短いが寄生されたものは蟲と同調してしまい毎日生き死にを繰り返すことになる。たしかにそんな人間がいたら「生き神様」として崇めても仕方がないわな。しかし少ない収穫を差し出してまで得られる恩恵とはなんだろう。病気が治ったという者もいたようだが(プラセボ効果らしい)、多くの島民にとって奇跡を目撃すること自体が辛い生活を忘れさせる救いだったということか。島の頭首一族は代々身内から生き神を出すことで支配を磐石にし、供物によって楽な生活も併せて手にできると。ビートたけしの『教祖誕生』を思い出してしまった。

「むこうなら生きていけるの」とあこやは言い残した。それを逃避と断じるのは簡単だけど。数十年の人生を凝縮したような濃密な時間、毎日々々生まれ変わるという人間には望んでも得られない感覚、一途に自分を想い救おうとしてくれた少年の手を取るよりも確実な救済が得られる世界...。逃避なのかなやっぱり。『蟲師』は友情と愛情が未分化な少年と少女の関係を描くエピソードが多い気がして余計に切ない。これから徐々に島の暮らしも変わっていくだろう。あこやが「むこう」から戻りその変化を見届ける瞬間は訪れるだろうか。

かんなぎ [公式サイト]

第12話を視聴、とうとう残り話数は今回を含め2話となった。前回のラストで失踪したナギはほとんど登場せず。路地裏のような場所に横たわる姿も仁のイメージなのかな。神薙神社に関する調査も管理人まで辿りついたところで行き詰まってしまうが、これは原作との兼ね合いなのか。戻らないナギ、そして仁は喪失感に押しつぶされそうになっている。ふむ、妙にシリアスな展開だが仁の様子(雨の中を探し回ったり)を見てたらチュートリアルの自転車盗まれたネタを思い出してしまった...というのは冗談として、突然姿を消した愛猫を探す飼い主のようだ。オタク的には「君去りし後」かんなぎ版、と見るのが妥当かな。

憔悴した仁を気遣うつぐみは、一歩間違うと単なるうざい女に見えかねない(ぎりぎり回避していたが)。この辺りの描写を見ても彼女は損な役回りだし幼なじみ以上のポジションは得られそうにない。ざんげ強いなー、これは中の人(神様か)の力ではなく依代の少女が護身術でも習っていたのか。護身術の域を超えてるけどな。興味深かったのはざんげと仁の会話内容だった。自分は宗教学を専攻したことなどない素人だけど、前回ざんげパパが仁に語ったことをあっさりと斬って捨てたざんげの言い分の方がしっくりくる。神父でもあるざんげパパの自説というか見解は筋が通っていないわけじゃないが一神教(モデルはいわゆるキリスト教だろう)の傲慢さでもあるし。教義における神以外は認めず異教イコール邪教なわけだからな。多神教というか神道というか『かみちゅ!』的宗教観の方がみんな幸せになれそうな気がするんだ。仁がへろへろになってるのは彼の個人的な性格だとしても、ざんげパパのやり口って人の不安に付け込んで勧誘する怪しげな新興宗教みたいだったからな。原作を読んでいないから的外れなこと書いてるんだろうなー俺。

自称ではあるがナギは産土神(うぶすながみ)らしい。彼女の言を信じるなら生きとし生けるもの全てのお母ちゃんなわけだ。それを考えるとナギと仁のやり取りは親子喧嘩に見えなくもない。突然若い頃(自分と同い年)の母親が現れて、想像以上に見た目も可愛く性格もそこつキュートだったからちょっとドギマギ...みたいな。そんなアニメや漫画があったような気もするが。仁の母親に関する描写ってどうだったっけ。マザコンだよなーどう見ても。まあ勝手な妄想は置くとして、いよいよ次で最終回だ。

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